今回は、前回ご紹介した岡田さんの小・中学校の同級生、田中利江子さんインタビューさせてもらいました。
田中さんは生まれも育ちも豊田。久保町に生まれ、現在は志賀町にお住まいです。昔は久保町の自宅から花火を見ることができたと言います。
今回は、田中さんの環境への取組のきっかけや現在の活動、永年味噌づくりをしていることなど、とても興味深いお話をご紹介します。
- ごみを減らそうと思ったきっかけは?
- 1999年に起こった名古屋市のごみ問題に影響を受け、自宅でもごみを減らしたいと思い、主人の会社の資材置き場の隅に小さな畑をつくり、生ごみを埋め始めました。収穫の楽しさや喜びを感じながら畑を広げていき、現在では約80坪の広さになります。野菜はほぼ自給自足できるほどに種類も増えました。余った物は知人にお裾分けしています。生ごみ以外は月2回くらいしか出ません。畑づくりは15年以上になります。畑はまず土づくりから。それが堆肥づくり、生ごみ処理と循環しています。
- 自給自足のこだわりは?
- 生ごみの処理はボカシを使っています。そして苗からではなく必ず種から育てる事にこだわっています。種から芽が出て、双葉になり、本葉になり、花が咲き、実りを迎える過程が楽しいからです。苗がたくさんできるのでご近所さんとお互いに交換しています。それでもいいことばかりではなく、さつまいもの収穫を目前にイノシシに全部食べられてしまったこともありました。それ以降イノシシ対策で柵を設置しました。
- 嬉しかったことは?
- 普段から川の汚れや生活排水のことが気になっていましたが、生ごみ処理を身近で見ていた孫がそのことを作文に書いてくれました。その孫が小学校3年生の時、学校でアクリルたわしのつくり方を指導する機会がありました。最後にはこども達にアクリルたわしをプレゼントし、みんなが興味関心を持ってくれたことも嬉しかったです。
- こだわりの味噌づくりについて
- 味噌づくりを始めて20年です。仕込みは2月にします。こども2人の家庭で考え、合計3軒の1年分20〜30kgを仕込みます。夫が山陰地方の出身で赤みそに慣れない上、口に合う白味噌が市販されてなかったことがきっかけになりました。米糀の配分を試行錯誤しながら今のつくり方になってきました。
田中さんのエコな暮らしは名古屋市のごみ問題がきっかけだったということですが、もともと環境への配慮があったからだと感じます。現在はマレットゴルフやご家族で海外旅行を楽しむ等とても行動力のある方でした。また、40歳を過ぎてから宅地建物取引主任士に挑戦し、合格したというすごい方だというお話も聞けました。次回は田中利江子さんのご紹介で澤田あや子さんを紹介します。お楽しみに!(インタビュアー 副代表理事 守随純子)